国光発於美術

フリー!!チベット!!

何の連絡もないまま長期にわたりブログ更新をストップしてしまい、楽しみにしていただいていた方々には大変申し訳なく思っております。


原因は、まず家のノートパソコンが原因不明のネット接続不可状態が続いていること(961エラーというのがでます。)


さらにそのエラーをOCNに連絡して解決する努力を怠っていること。


さらに三田祭期間中で学校がないので、学校のパソコンも使えないこと。



さらにワグネルの後期演奏会のオーディションの練習に追われていたこと。


減額演奏会の練習に追われていたこと。


心身ともに疲労困憊であること・・・などなど・・・



つまりちょっとブログをおろそかにしてしまったということで、大変反省しています。


一日も早くネットを再接続可能状態にし、家でネットライフが送れるようにしなければなりません・・・。


現在も大学から更新中っす。



今からOCNに電話しようかな。




とにかく今日からまた大学にて更新を再開しますので、どうかよろしくお願いいたします。



応援もよろしくお願いします。
年末のワグネルの弦楽演奏会に出ます!!


小規模ですが。



部内で色々なアンサンブルを組んで発表する舞台です。



今回僕はメンデルスゾーンのオクテットをやります。


オクテットとはオクトパスと同じ・・すなわち八重奏です。



一楽章だけしかやらないんですが、すごく好きな曲だったのでみんなとやれるのがとても嬉しいです。


なんとファーストバイオリンをやるのです!



難しいんですががんばります。



明日は初めて八人全員で合わせます。緊張・・・。




がんばろっと!!


話は変わりますが、
さっき見てすごく飛行機が怖くなりました・・・・

日航機墜落の一部始終です。

亡くなられた方々の冥福を祈ります・・・。



政治ネタ書く気力がなかったので・・・・
応援よろしくお願いします!!
頭痛にさいなまれていたのですが、今日やっと治ったみたいです。


最初は風邪の頭痛だったのですが、最後のほうはどうやら肩こりからくる頭痛だったらしく、


風呂場で首のあたりをモミモミしてたら治りました。



今日から普通に生活を再スタートさせます。



コメントで応援してくださった方、本当に力になりました。ありがとうございました。(即返できず申し訳ありませんでした。)



今日は慶應で業界説明会があったので、友達と一緒に聞きに行った。

電通の方が来ていた。



印象的だったのは、電通の鬼の十か条みたいなやつ。


そのなかに、「大きな仕事をせよ。小さな仕事はおのれを小さくするだけ。」


カッコイイ!!




話は変わって。



ラムズフェルドさんが更迭されました。


正直、優先順位がイラク>イラン>北朝鮮の今の共和党路線に嫌気がさしてたので、いい流れなような 気 が し ま す。


ただ、アメリカの仕組みとか好くわからないんで、民主党になって北朝鮮をめぐる状況が改善するかといえば、そんなのはわかりません。


たぶん民主党もイラク>イラン>北朝鮮なんだろう・・。



またまた話は変わって。



安倍さんが事実上中川麻生発言を認めたかと思ったら、こんどは中川さんが「高度な政治的判断から自粛」・・・


日本の野党ってのは、ほんと・・・・・。





いま中野友加里のショートプログラム見てるんですけど、


なんかイイ!!


和のテイストがかなり妖艶で、切れがあって、


すごく美しかった。





う〜〜〜・・・・ん2位か・・・・




フリーがんばってください!!





復活しましたので、このブログの応援もよろしくお願いします。


風邪が治りません・・・・頭がガンガン痛いです。


月曜日も火曜日も学校を休んでしまいました。

必修いっぱいあったのに、、ヤバイ。。。

明日も回復できるかどうか・・。


ブログも更新できず申し訳ありませんでした。


内容ないですけど、応援していただけたら嬉しいです・・・。
今日は上野の森美術館のダリ回顧展に行ってきました。


かなり並んでて、めちゃくちゃ混んでましたから、皆さん行く場合は平日の開館直後がいいと思われます。


ダリってひとは、俳優さんみたいにカッコいい方だったんですね。


絵を見ていると、シュールレアリスムという以前に画力が圧倒的でした。


ああいうムッチリした密度のグラデーションって、どうしたら描けるんでしょうね・・・。絵の具が特殊なんでしょうか。


肉体と、官能、その腐敗と溶解、分裂・・・そんなキーワードが心に残った。



彼はデッサンにおけるルネッサンス期の完成された美を完全に尊崇していたようでした。その堅固で均整のとれたデッサンが融解していく感じがよくわかって、なかなか面白い展覧会でした。



帰りに松屋へよって豚丼を食べたんですが、松屋って、最近中国の人や韓国の人のバイト多いですよね。


ふと看板見たら、創価学会のカラーじゃないですか。


最近「博士の独り言」というブログにこの3色の看板は学会のしるしだという記事があって、今まで気付かなかったけど松屋も創価学会なんだ〜と感慨深かった。


ダリの分離ではないけれども、最近政教分離の観点から創価学会と公明党を政権与党からあぶりだそうとする主張がある。


ただ、こういう政教分離原理主義で学会を追及していくことが、はたして日本のためになるのか、少し疑問を感じてしまいます。


学会がカルトだ!という主張をして、学会の勢力を衰えさせていくことはいいと思いますが、政教分離で攻撃することは、最終的に自分達に不利になるんじゃないかな。


靖国だって、天皇だって、政教分離原理主義の前には無力です。


ネットを中心とする右派勢力が自爆しないことを祈ります。



応援クリックよろしくお願いします。
僕は改憲派です。

理由は前回の記事で小林節教授が言っている理由と完全にリンクします。


他にも、アメリカに押し付けられた憲法ではなく、日本民族自らの主体的な憲法を、という動機もあります。




護憲派の方々はどうして護憲なのか。


それを知るには護憲派ブログを覗いてみるのが一番手っ取り早いです。



自分達だけの主張の中にドップリと浸かっていては、客観性を見失ってしまう危険性さえありますから、時々僕は左のサイトに遊びに行ったりします。



最近注目しているのが、眠り猫さんという方が書いている、


「平和のために小さな声を集めよう」

というブログです。



このブログのコンセプトは、自民党が行うであろう平和憲法の改悪によって、日本が戦争への道へ巻き込まれないようにするために、自民党を次の参院選で敗北させ、憲法改悪を阻止する、というものである。



そのためには、反自民が一致団結して選挙で戦う必要があり、その連帯に当ブログが貢献できたら・・・という趣旨だ。



眠り猫さんのスタンスは、自衛隊の存在は、国家の自然権としての防衛権の範囲内なので、容認する、という柔軟なものです。



ただし、集団的自衛権は認めない。現在の9条の解釈を変えてはならない、というものです。






おそらく自衛隊容認という緩やかな左スタンスは、より広い連帯のために、幅広い層から支持される必要があるからなのでしょう。



そんななかこのブログ内で、



「支持政党なし」、「無党派」の皆様への緊急アピール



というページがあった。



最近の選挙では無党派層の動きが鍵になるといわれますが、その層を反自民にどれだけ汲み取れるか、眠り猫さんには最大の関心事なんでしょう。






 ブッシュ政権は、アフガニスタン、イラク戦争で失

敗し、アメリカ人の犠牲者が増えていることに神経を

尖らせています。大統領の支持率下落の原因だからで

す。(11月中間選挙前現在で戦後歴代最低)

 アメリカにとって、世界第5位の軍事力を持つ日本

が、アメリカの肩代わりをして、アメリカ人のために、

アメリカ人の代わりに死地に赴くことが、最高に望ま

しいことなのです。


 あなたは、異国で、アメリカのために死ねますか?


 あなたは、家族を、子供を、アメリカのために死な

せたいですか?
 

 答えは、絶対に「ノー」のはずです。






この感覚がよくわからないんですよね。


眠り猫さんは自衛隊容認で、現在の日米安保のもとで、日本が9条を守るべきというお立場。



当然日本が外国に攻められれば、アメリカ軍に自分や自分の家族を守ってもらえるという前提で話しているわけです。


アメリカの若者の命が担保としてありながら、自分の国の若者の命は決して引き合いに出さない。



この双務的じゃない同盟関係をやめない限り、日米は決して対等になれないと思うのですが。



問題は、大義ある派兵か、否か、だと思います。



だから、絶対にアメリカ人だけ死んで、日本人は死なない、ではなくて、その戦争に大義があるのなら、日本人だって命を懸けて戦う、大義がないのなら派兵は拒否し、アメリカの侵略性を批判する、という主体性ある行動が求められていると思うのです。



護憲派の言っていることは、結局アメリカの属国でいいじゃん、日本の若者が戦争で命を落とさないんだから。


という卑屈な考えに見える。




 

あなたは、異国で、アメリカのために死ねますか?


 あなたは、家族を、子供を、アメリカのために死な

せたいですか?





そう思うのなら、なぜ真っ先に日米安保を解消しないのか。


自己中心的な思考すぎる気がします。



こんなことを言っている国をアメリカ人が命がけで守ってくれる気がしません。



そうではなくて、もっと双務的に、アメリカがピンチの時はこっちも命を張る、くらいの覚悟がなければ、


アメリカの侵略戦争を批判することさえできなくなるでしょう。



イラク戦争は今から考えれば、侵略的傾向はかなり高かったと思います。


イラクより北朝鮮のほうがずっとおかしなことしているのに、北朝鮮には何もしない。アメリカはおかしなところがイッパイある。


当然僕が言うような主体性ある改憲をするのなら、単なるアメリカ追従の属国に堕さないような、常に緊張感をもった覚悟が必要になります。


それは大変なことですが、それでも眠り猫さんのいう日本像よりも、立派な気がするのです。





なんか文章が下手でいやになりますが、護憲派へ以上のような疑問をぶつけてみました。


護憲派への反論シリーズはこれからも続けていきたいと思います。




日本人だけ死ななければ、平和であればいい、という自己中心主義よりも、断固たる覚悟と勇気をもった立派な国家のほうを選ぶかたは、応援クリックお願いします。


一番好きな歌手、ホイットニー・ヒューストンの動画をアップしました。

よかったらご覧になってください。

わが慶應の看板教授、


小林節の一刀両断

観艦式に思う



無断転載禁止と書いてあるんで怖くてコピペできないんですが、コピペすると犯罪なんですか・・・?


まぁようするに9条は素直に読めば、戦力を持たないって言ってる。


でも自衛隊という戦力を日本は持ってる。



自然権としての自衛権なんて言葉を引っ張り出してきても、それは後付の詭弁でしかない。


すなわち日本という国は、詭弁を使っている国というわけだ。



だから改憲して、自衛隊を戦力と認め、自衛のための軍隊を保持すると、明言するべきだと。






まったく同意です。








応援よろしくお願いします。
国民新党の亀井さんが麻生さんの核論議の提唱を槍玉に挙げて、大臣の罷免を求めていく考えらしい。


町村さんも、旧森派の以降として、中川さんの度重なる核発言を自粛するように求めていくらしい。


亀井さんが言うには、閣僚には言論の自由はない、ということだ。




議論の封殺はよくない、と言った大臣に罷免を求めるとは、戦前の軍部なみの傲慢さがある。



国民を思考停止させておきたいのはわかるが、もう日本はそういう状態ではないのだ。



思考停止のまま経済成長だけしてればいいや、という時代は終わったのだ。


国民全体が、地に足の着いた国家像を求めている。そうしないと不安で仕方ないのだ。



別に核武装しないと不安なのではない。



なぜ我々は核を持った北朝鮮という凶悪な国家を前にしても、核武装しないのか、それはなぜなのか、


真剣に正面から考えたいのだ。




そういう可能性まで封殺して、何も考えるな!と居丈高にいう亀井氏は傲慢というしかない。



中川さんと麻生さんには敵に負けずに、言論の自由を守るために、国民的な建設的議論の可能性を守るために、果敢に戦ってもらいたい。



別に僕はさっさと核容認せよという主張ではない。(いつも読んでくれているみなさんは御存知かと思います。)



議論は大いにすべきだ!!!と思う方は応援クリックお願いします。



毎日新聞社の記者が佐賀県の記者会見で発言した内容が波紋を呼んでいる。


僕もかなり早い段階でこの動画をyou tube で見ました。


「何やこれ・・・?気味の悪い記者だな・・・」程度の感想だったんですが。


しかし政治ランキングでこれほどまで批判が盛り上がるとは予想していなかったので、後乗りサクサクですが書きます。



この記者が在日の方だということが、波紋を広げたのでしょう。



やはり国内の変な人がこの発言をするのと、外国人がするのとでは、確かに日本人の感覚としては両者の印象は違ってこざるを得ない。



まぁそれはさておき。。。



基本的に憲法で言論の自由が保障されているわけですから、記者だろうがなんだろうが、人間である限り、何を言ったって、それはその人の自由である。



しかしそれは憲法の論理的な理想論でしかない。



現実にその憲法で国を法治しようとしたら、法を厳格に適応すればその国の公序良俗は崩れ去る。



その国元来の伝統的な道徳やら、規律やら、そういうものと、近代的な人権という概念が美しく調和した時に、その国は豊かに法治されているといえるのではないか。



例えばアメリカみたいな伝統のない国(失礼な言い方?)は、近代的な人権の観念のほうが強い。


逆に日本のような伝統の国、近代以前の歴史が長い国は、元来の伝統的道徳や規律に重きが置かれるわけである。




最近「国境なき記者団」の世界報道の自由度ランキング(でしたっけ?)で、日本は順位を大きく下げました。



このランキングは近代的な価値に重きを起きすぎて、近代以前の価値との調和にはあまり関心がないようです。


ですから別にこんなランキング気にしなくていいと思うんですがどうでしょう。




ランキングダウンの原因は、日本には天皇タブーがあるから、というもの。



もちろん今回の毎日の在日の記者がこんなに批判されるのは、天皇タブーに触れたからです。



彼はこのタブーは前近代的なものだから、壊してしまうことが正義だと考えているのでしょう。


ある意味国境なき記者団と同じ価値観を共有しているのでしょう。




日本人は、特に戦前、このタブーが極限まで高められたために、戦後その反動として、そのタブーを減らしていく方向を向いて、社会を復興させていきました。


しかしタブーを減らしていく方向に向いて歩いているんだけど、なにせ戦前のそれがあまりにすごすぎたから、いくら歩いても、十分すぎるほどのタブーがあって、まさかそのタブーが気付いたらなくなちゃってた、みたいな状況にはならないと、感覚的にわかっていた。



しかしバブルとか、お世継ぎ問題とか、いろいろな問題が浮上してきた90年代以降、それまで当然のようにあったタブーが、なくなるんじゃないか、という危機感が生まれたと思うんです。



タブーが強すぎたから、と今までずっとタブーとは逆の方向に歩いてきたんだけれども、タブーが完全になくなりそうになると不安になる。



最近の右傾化とか言われる現象は、戦後一貫して歩いてきた、というか、向いてきた方向を、変えようとする日本人全体の動きなんだと思います。



このままこの方向を向いてたら、この国はあまりに薄っぺらい国になっちゃうんじゃないか・・・そういう危機感が国民に共有され始めた・・・という気がします。



まあようするに、朝日とか毎日というのは、なにせ戦後先人きって、タブーとは逆の方向の先頭を突っ走ってきたわけですから、方向転換するにはとてつもない労力と勇気が要りますし、もはやできないのかもしれない。


朝日の役割は終わったということでしょうか。




とにかく、これから日本は戦後一貫してタブーを減らしてきましたが、これ以上減らすとヤバイってとこまで来たので、これからはちょうどいいところまで増やしていきましょう、ということになっていくと思います。


増やしすぎると、また戦前のような息苦しい社会になってしまいますし、それはいくら右傾化大好きな僕としても阻止すべきと考えております。



ちょうどいいところを見極める能力が、今のネット右翼にあるか、といわれれば、「う〜〜〜ん・・・」ですが、これはまたのちほど論じたいと思います。



とにかく、タブーはある程度あったほうがいい。


そのほうが豊かな国であると思う。


という結論でした。




毎日の記者はこの認識を持って、皇室に敬意を持ってほしい、と思われる方は、応援クリックよろしくお願いします。